Sの日記(ホラー)最終章…2

「祥子の日記の原本は私が持っていたの」

「先生が?」

「これよ」

三村先生は、祥子さんの日記をバッグの中から取り出して、私に手渡した。

私はそれをパラパラと捲って、拾い読みした。

父に対する恨みが、赤裸々に綴られていた。親友がこんないじめを受けていたら、三村先生も本当に心が痛んだと思う。

父に対する怒りが、25年間消えないのも納得できる。

祥子さんのお母さんが、日記がどこにもないと言っていた。そのはずだ。

三村先生が持っていたのだから。

「学校の図書室に祥子がこれを挟んだのを私は見ていたの。それをそっと抜き取って持ち帰ったのよ」

「それが『舌切り雀』の隣だったんですね」

「そうなの」

「では、祥子さんのお母さんに、いじめがあったことを話したのは三村先生ですか?」

三村先生は頷いた。

「そうよ。当時の私は祥子が亡くなった事で、本当に悔しかったし、怒りに震えていた。それは祥子のお母さんも同じだったわ。祥子のご両親も真実を知りたがっていた。もしもいじめだったら、教育委員会を相手取って、訴えを起こすつもりだったらしいの。

でも、他の生徒たちは皆口を閉ざしていた。次に自分がいじめのターゲットになるのを恐れていたからね」

「それで勇気を持って先生が?」

「勇気? そんなんじゃない。私はただ哲郎さんが憎かっただけ。自分が立ち上がるしかないと思った。祥子のご両親の気持ちは痛いほどわかったから、宮元医院に自分から足を向けたわ。

そして、どんないじめをされたか洗いざらいぶちまけた」

その内容はかいつまんでだが、祥子さんのお母さんから聞いている。修学旅行で7時間置き去りにされたことも。

「で、提訴はどうなったんですか?」

三村先生は首を振った。

「結局、泣き寝入りだった」

「どうしてですか? 祥子さんの日記を見せれば、それが決定的な証拠になったんじゃないですか? 裁判には勝てたと思うんですけど」

三村先生はまた、首を振った。

「日記の9月17日を見てみて」

言われるままに私は、そのページを開いた。

『9月17日。

私は体育館の倉庫に呼び出され、哲郎たちに暴行された。私が倉庫に行くとマットが敷かれていて、その上に無理やり押し倒され、手足を押さえつけられ、下着を剥ぎ取られた。

大声を出さないように、脱いだ下着を口の中に押し込められた。哲郎がズボンを脱いで、私の脚の間に腰を落ろした。そして無理やりに自分のモノを挿入してきた。

激しく腰を振り、私の中で果てた。哲郎が終わった後、他の男子生徒が、次々と私の中に入ってきた。私はもう、

生きていけないと思った。その姿を写真に撮られて口止めされた。私の処女を奪った哲郎が憎い。殺してやりたい。私を犯した男子生徒の名前、大澤哲郎、亀田幸一、寺崎省吾、木村裕之』

私はあまりの惨さに、自分の口を手で押さえた。

名前を見て、私は唖然とした。父はともかく、米屋のカメキチも入っていた。そして……

「先生、この寺崎って…… もしかして」

「そう、消えた寺崎由香里さんのお父さんよ」

……そうだったのか。

由香里さんも全くの無関係ではなかったのだ。父親のやった犯罪の尻拭いをさせられたのだ。

何てことなの……

「あの子はね、本当に何も知らずに、あの本を借りたのよ。親戚の5歳の甥っ子に、読み聞かせをするために借りていったんですって。そしたら、翌朝消えていたって、お母さんから聞かされてね。消えた状況はルカさんと全く同じだったみたいよ。

『舌切り雀』を借りると、消えてしまうって知ったのはその時だったの」

「消えるって、どうなっちゃうんですか?」

「わからないわ。あなた見たんじゃないの? あの本を借りたんでしょ?」

私は首を振った。

見ていないのだ。私はその時、睡魔に襲われて眠っていたのだ。

それにあの時は、逆に祥子さんが出てきて、美紗緒に乗り移ったのだ。

その美紗緒も、今は死人に口なしだ。

「そう……」

『舌切り雀』が『祥子の日記』に変わる瞬間は、結局わからないままだ。

ただ、変わった事は事実だ。私はそれを見ている。

「その事があったから、私は祥子の日記をご両親に渡す事ができなかったの。あまりにもショッキングな出来事だったし、もし裁判の証拠にでもなったら、祥子のレイプの事が、白日の下に曝されるでしょ。

彼女の名誉を守るために、私は自分の中だけに納める事にしたのよ」

なんとも言えない気持ちだ。

三村先生が、25年間恨みが消えなかったのも、今は解る気がする。

この先生も、長い間苦しんだのだ。祥子さんにこれだけ酷いことをした父が、結婚して、家庭を持ち、仲睦まじく幸せに暮らしている。

その事が赦せないのも当然だ。私が詫びたところで済むはずがないのだ。

私は甘かった。まったくの子供だったのだ。

「他に聞きたい事はある? なんでも聞いて。知っている事なら答えるから」

私は少し考えてから、顔を上げた。

「先生、祥子さんが藁人形を作っていたのを知っていますか?」

「藁人形?」

「その藁人形にパパの名前を書いて、釘を打っていたみたいです」

「そう……、そうだったの。知らなかったわ……」

三村先生はそう言って、窓の外に視線を投げた。

三村先生は夕方、帰っていった。

その翌日、三村先生は学校に出勤しなかったらしい。

自宅の浴室で、手首を切って、死んでいるのが発見された。

三村先生もある意味、祥子さんの怨霊のせいで命を落としたのかも知れない。今回の事件で、三村先生なりに責任を取ったということだろう。

私は三村先生が自ら命を絶ったということに、さほど驚きはしなかった。

私を訪ねて来て、全てを告白したことで、もしかしたら、それもあるかな? という予感はあった。

そして、私の精神構造が回復に向かったころ、れいちゃんのお母さんがお見舞いに来てくれた。

れいちゃんを失ったことで、お母さんも大分ダメージを受けていたが、少しずつ元気になったようだった。

病室には明るい笑顔で入ってきた。

「美琴さん、大変だったわね。あなたの事を思うと、いても立ってもいられなかったわ」

お母さんは心配そうに言ってくれた。

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

「そう。私もたった一人の娘を失ったから、あなたの気持ちは少しは分かるつもりだけど、あなたは家族をいっぺんに失ったんだもんね。私よりも辛かったわよね」

お母さんはそう言うと、目を赤くして涙目になった。

そして、私をじっと見つめて、たまらずに抱きしめてくれた。

「辛かったわね、ホントに……」

お母さんはそのまま、少しの間、私をいたわってくれた。

「ごめんなさい」

私から離れると、お母さんはそう言って、ハンカチで涙を拭った。

「お母さんこそ、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ、もう仕事にも行ってるから」

少しの沈黙の後で、れいちゃんのお母さんは切り出した。

「ねえ、美琴さん?」

「はい」

お母さんは何やらかしこまった。

「今回、私はれいを失って、1人ぼっちになっちゃったでしょ。1人に慣れていないせいか、毎日が寂しくてね」

「ああ、そうですよね」

その心情は察するに余りあった。れいちゃんはお母さんの命だったのだ。

「それはあなたも一緒だけど。あなたもこれから1人で生きていかなければならないわ」

それも私は感じていた。

まだ、15歳の私が、1人でどうしようか、考えているところでもあった。

「たぶん、どこかの施設に入るか、親戚に預けられるかだと思うのよ」

「はい、そうなると思います」

れいちゃんのお母さんは、奥歯に物が挟まったように、言いにくそうに躊躇っていた。

「うーん……、それでね」

「はい」

「はっきり言うわね。美琴さん、私の娘にならない?」

「え?」

今、なんて言った? れいちゃんのお母さんの子になるって言った?

「ごめんね、こんなこと急に。びっくりするわよね。でもね、意外といい提案だと、私は思ってるんだけど。1人ぼっちになっちゃった者同士って言うと変だけど、私は美琴さんの事、すごくいい子で可愛い子だと思ってるし、大好きだしね。

ううん、いきなり母親だと思ってくれなくていいのよ。ただの知り合いのオバサンだと思ってくれればいい。ただ、私の傍にいてくれるだけでいいの。どうかな? 返事はすぐでなくてもいいのよ。ゆっくり考えて、自分が一番幸せになれると思う道を選んでくれればいいから。嫌だったら、遠慮なく断ってね」

「それって、れいちゃんのお母さんが、私のお母さんになるってこと……ですよね」

「そう」

「でも、いいんですか? 私、勉強できないし、わがままだし、アイスクリームもいっぱい食べちゃいますよ」

そう言うと、お母さんは笑った。

「いいわよ。わがままを言って欲しいのよ」

「お母さん、その提案、ナイスです」

憧れの美しいれいちゃんのお母さんが、私の母親になってくれるなんて、なんて幸せなんだろう。

「じゃ、いいのね」

れいちゃんのお母さんは、たちまち笑顔になった。

「はい、よろしくお願いします」

「こちらこそ。あ、そうだアイスクリーム食べる?」

お母さんと2人で笑いあった。

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