Sの日記(ホラー)最終章…3

こうして私には新しいお母さんができたのだ。

お母さんの名前は環(たまき)という。

神野 環だ。

気の早い私は、すでにママと呼んでいる。

養子縁組の届出は、ママの仕事が休みの日に役所で済ませてくれた。

実の父母と美紗緒の葬儀は、父方の弟夫婦が滞りなく行ってくれた。

私は入院中という事と、葬儀には出ない方がいいだろうという叔父さんたちの配慮で、私が骨を拾うことはなかった。

環ママが私を養子にする件も、叔父さんに交渉してくれて、何の問題も無く承諾された。

叔父さんの家庭も経済的に余裕がないようで、環ママの申し出は、渡りに船という状況だったようだ。

新しいママができたことで、私の精神状態は安定して、すぐにでも退院してもいいと医師が言ってくれた。

退院の手続きはママが行ってくれた。

「そうだ、ミコちゃんにいい知らせがあるのよ」

病院からの帰り道、車の中でママが言った。

「なに?」

「ママね、マンションを買うことにしたのよ」

「ええ! ホントに。すごい! そこに住めるの?」

「そうよ。本当はれいと二人で住むために、コツコツお金を貯めてきたんだけど、れいがお空に逝っちゃったから。れいもミコちゃんなら許してくれると思うわ。あなたの事、大好きだったからね」

正直言って、私もあの借家は、ちょっと…… と思っていた。

もちろんママができただけでも、喜ばしい事なので、贅沢を言ってはいけないとは思っていた。

綺麗なマンションに住めるなら、本当に幸せだ。

「新築なのよ。ちょっと寄っていかない?」

「うん! 見たい」

そのマンションは都心から、少し離れた閑静な住宅街の中に建っていた。交通の便も良さそうだ。

外観はレンガ模様の薄茶色を基調とした落ち着いた色合いで、すぐに気に入った。

エレベーターで5階に上がり、廊下を歩く。

一軒一軒の玄関にエントランスがあり、凝った作りになっていた。それを見ただけで、私はワクワクしてしまった。

「さあ、入って」

ママが玄関を開けて、中に入れてくれた。

私は、テンション最高潮で、玄関を上がって、リビングまで走り出した。廊下がツルツルで、スルっと滑りそうになってしまった。まるで子供だ。

「ほら、危ないわよ」

ママが笑顔で言った。

「わあ、すごい!」

私はリビングからの眺望を見て、思わず口走った。間取りは2LDKだった。

「どう? 気に入ってくれた」

ママの問いかけに、私は大きく頷いた。

「ここからママとミコの暮らしがスタートするのよ。悪くないでしょ?」

「最高だよ。ママ、ありがとう」

私はそう言って、ママに抱きついた。

家族を亡くして、落ち込んでいた私の心を、再び前向きにしてくれた。環ママには感謝をしてもしきれない。

その日から、約一ヶ月をかけて、引越しを済ませた。私の家からの引越しはママも手伝ってくれた。

忌まわしい事件が起きた家に、ママは付いてきてくれて、一緒に荷物を運び出してくれたのだ。

「ミコ、大丈夫?」

ママは私を気遣ってくれた。

そして、引越しが済んだその夜、私はママに総てを打ち明ける事にしたのだ。

それを知った上で、私との生活を始めて欲しかったし、ママには聞いてもらいたかった。

「ママに大事な話があるの。聞いてくれる?」

そういうとママは、表情を引き締めて、ソファに座ってくれた。

「これは私の家族が死んだ事と、れいちゃんの死にも関係があることなの」

「わかった、聞くわ」

その言葉を聞いて、私は安心した。

ママも薄々は分かっていたような雰囲気だった。私が自発的に話すのを待っていたのかも知れない。

私は、祥子さんの日記の話を順序だてて、ママに話した。

その間、ママは真剣な眼差しで、私を見ていた。

途中で何度か話を止めて、

「ちょっと待って、それはつまりこういう事ね」と、ママなりに話を整理していた。

れいちゃんの話も避けては通れなかった。

ママにとっても、それは耳を塞ぎたくなるような話に違いなかった。

「それが、この日記なの」

総てを話し終えた時に、私は祥子さんの日記をママに見せた。

ママはその日記を手に取り、ページを捲った。

その中の文章を、ママは表情を変えずに読んでいる。

「そう。そういう事だったのね」

日記から顔を上げて、ママは言った。私は藁人形も、テーブルに置いた。

「こんな話、警察に話しても、信じてもらいないでしょ?」

「確かにそうね。ママは信じるわよ。よく話してくれたわね。辛い事なのに。実はね、ママもミコに内緒にしていた事があるのよ」

「なに?」

「ミコを養子にする前に、母に相談したのよ。母って、れいのお祖母ちゃんね。そしたら母は大反対したのよ。ミコを養子にする事。今でも反対みたいだけど。でも、私はどうしてもミコを引き取りたかった。れいが亡くなった時、私も死のうと、本気で思ったのよ」

「ママ……」

「ミコが傍にいてくれたら、私もまた頑張って生きていけると思ったから。その時母からも、今、ミコが話してくれた事と、同じような話を聞かされたのよ」

「そうだったの」

「ミコ、娘になってくれてありがとう。ミコを引き取った事、間違いじゃなかったって証明してみせるわ。ママがミコを守るわ」

「うん!」

「この日記と藁人形は、お寺に持っていって、ちゃんと供養してもらいましょ」

ママは言ってくれた。

私の話を真剣に聞いてくれた事が嬉しかった。やっぱりこのママでよかった。後日、著名なお寺に出向いて、日記と藁人形をお炊き上げしてもらい、しっかりと供養した。

「もう、大丈夫よ。これで祥子さんも成仏してくれたと思う。時々は、祥子さんを思い出して、手を合わせてあげましょう」

ママは言った。

ママとの暮らしは、心置きなく始まった。もう何のわだかまりも無い。心の負担が軽くなると、ママとの生活は本当に楽しかった。

私の大好きなファッションの話も、たくさんしてくれた。そして、いつしか私はママと同じアパレル業界を夢見るようになった。

「私、ファッションの勉強をしたいから、専門学校に行ってもいい?」

夕飯のときに、ママに打ち明けた。

「もちろんよ。ミコがママと同じ道を歩いてくれるなんて嬉しいわ。そうだ! 2人でブランドでも立ち上げる?」

「いいね、それ。環コレクション。最高!」

ママと2人で意気投合した。

そして、私は翌年の高校受験に無事、合格した。その夜は、ママがお祝いにフレンチを予約してくれていた。

ママが私のためにデザインしてくれたワンピースに身を包んで、私はフランス料理を口に運んだ。そこでも、やはりファッションの話を熱弁して盛り上がった。

ママがデザインしたトレンドやコーディネートをスマホで見せてもらった。

「ああ、これ可愛い!」

「これはママの自信作なのよ」

ママは自慢気に言った。そういうママの顔も幸せそうだった。

「あー楽しかった。料理も美味しかったし、ママありがとう」

「ううん、ママも楽しかったわ。また行きましょう」

翌日も学校はある。マンションに帰ると、早々に入浴を済ませて、私たちは床に就いた。

私は、興奮してしまったのか、寝付けずに、夜中に目を覚ました。

ママ、今日は本当にありがとう。

れいちゃんの分まで、親孝行するからね……。

そう思ったとき、部屋のドアが、カチャっと開いた。

「ん……? ママ?」

ドアを開けて、パジャマを着たママがゆっくりと入室してきた。

私は、急に寒気を催してきた。

躰が硬直して動かない。

そして、ママの手に光るものが見えた。

私は息を呑んだ。

「ひぃぃぃぃぃぃ!」

ママはベッドに上がり、私の体を跨いだ。

私の喉元に包丁を突き立てた。

ママの口の周りは血に染まり、真っ赤になっていた。

「ミコトぉ、夢の時間は終わりだ。お前だけ、幸せになるなんて赦せない……。地獄に落ちろ」

少しずつ包丁に力が加わり、喉に食い込んできた。

もう息ができなくなった。

そしてママは、包丁を振り上げた。

 

その報道は翌朝のワイドショーで伝えられた。

「私は今、現場に来ています。この静かな住宅街で、惨劇は起こりました」

男性レポーターが状況を伝えた。

「今、私が立っている後ろに見えます、薄茶色のマンションが今回の殺人現場です。仲の良い母子にいったい何があったのでしょうか? 殺されたのは神野美琴さん15歳、東台中学校に通う三年生の女の子です。

そして殺害したのは、何と、母親の神野環容疑者41歳でした。警察の調べによりますと、神野容疑者は、娘の美琴さんをメッタ刺しにして、殺害したということです。

近所の人の話では、いつも笑顔の絶えない本当に仲の良い親子で、こんな事が起こるなんて考えられないと、皆さん口を揃えて証言していました。

神野容疑者は、取調べに対し、気が付いたら、娘が血まみれで死んでいたと話しており、今後は、神野容疑者の精神鑑定も含めて、慎重に捜査を進めていく模様です。以上、現場からお伝えしました」

Sの日記2ーsecondへ続きます。