Sの日記(ホラー)第七章4

お母さんはまた目頭を熱くした。

私とれいちゃんは、 少しの間黙りこんだ。

「いったい……どんないじめをされていたんでしょうか?」

私は訊いてみた。

するとお母さんは溜息をついた。

「想像したくもないけど、 当時の事を教えてくれた子がいたの。 祥子と同じクラスの女の子でね、 仲のよかった子なんだけど。 暴力は日常的に行われてて、 お弁当に砂を入れられたり、 上履きをハサミで切り刻まれたり、 カバンの中にムカデを入れられたりしていたと聞いたわ」

私とれいちゃんは眉をひそめて、 顔を曇らせた。

ひどい……

「いろんな嫌がらせをされたと聞いたけど、 一番、 悲しかったのは、 修学旅行の時に観光地に置き去りにされた事だわ。 バスガイドさんが点呼を取っている時に、 1人足りない事に気づいたらしいんだけど、 ある男の子が、 祥子は他のクラスのバスに乗っているから心配ありません、 て言ったの。 でも、 実際には祥子はバスに乗っていなくて、 そこに置き去りにされてしまっていて、 バスは祥子を乗せずに発車したのよ……」

お母さんは、 怒りを顕にした。

私とれいちゃんは涙がこぼれてきた。

「あの子が泣きながら、 家に電話をかけてきて、 どうしたの? って訊いたら、 私を置いて バスが行っちゃったって言うのよ。 その言葉にびっくりしてしまって。 もう、 私もどうしたらいいのか分からなくて。 あの子には、 とにかくそこで待っていなさいって言って。 車で迎えに行ったわ。 7時間かけて」

「酷い! 酷すぎます」

私は言った。

それもいじめの一つだと祥子さんは悟ったのだろう。

そこまでされた彼女の胸中は計り知れない。

どんな思いで、 母親に電話をしたのかと思うと、 心が引き裂かれそうだ。

「その男の子たちは、 バスの中で大笑いしていたそうなの。 そんな事があっても、 あの子はいじめられている事を認めなかったわ。 お母さん大丈夫だからって……。 私たちに心配かけたくなかったのね。 1人で全てを抱えて耐え忍んでいたのかと思うと不憫で……」

「担任は何て言っていたんですか?」

れいちゃんが訊いた。

「バスに乗り遅れる方が悪いって。 出発時間はちゃんと知らせてあったんだからって言われて、 まるでこっちが悪いような言い方をされて」

私とれいちゃんは、 もう言葉も出なかった。

「あの子が亡くなった後、 教育委員会に訴えたんだけど。 そんな事実はなかったって言われて、 いじめがあったことを認めようとしないのよ。 せめて、 謝罪でもしてくれたら、 まだ救われたんでしょうけど。 これじゃ犬死じゃない! 祥子は浮かばれないわよ。 いじめられてる事を、 私に言ってくれていたら、 学校なんか行かせなかったのに、 学校なんか……」

お母さんは両手で顔を覆って号泣した。

当時の悔しさが蘇ってきたようだった。

私たちはお母さんが落ち着くのを待った。

ハンカチで涙を拭ったお母さんは、 「ごめんなさい」と言って、 取り乱したことを私たちに詫びた。

「あの、 祥子さんはどんな風に自殺したんですか?」

「ちょっと、 れいちゃん」

その質問は私も興味があった。

新聞には何も書かれていなかった。

でも、 お母さんに辛い事を思い出させるようで、 私には訊けなかった。

「いいのよ。 ……あの子、 ……舌を、 噛んだのよ」

思い切ったようにお母さんは言った。

その言葉を聞いて、 れいちゃんと顔を見合わせた。

どうやられいちゃんも同じ事を思ったようだった。

「午後の診察の合間に、 私は住居の方に戻って、 祥子の部屋へ行ったんだけど、 呼んでも返事がないのよ。 それで、 ドアを開けてみたら、 あの子が倒れていて、 口の周りは血だらけだったわ。 絨毯にも血が流れていて、 凄惨な状態でね。 すぐに救急車を呼んで搬送したんだけど、 病院に着いた時には、 心配停止の状態で、 手の施しようがなかったの。 二時間後に、 あの子は……」

祥子さんは舌を噛み切るという自殺の方法を選んだのだ。

それで『舌切り雀』だったのか。

あの童話を選んだのには意味があったのだ。

「お母さん、 祥子さんは日記を付けていましたか?」

私はあの話を訊いてみた。

「付けていたわ。 私は、 あの子の死後、 いじめについての事を何か書き残しているんじゃないかと思って、 探してみたんだけど、 それが……どこにもなかったのよ。 どこへ行ってしまったのか……」

「その日記にどんなことが書いてあったのか、 気になりますね」

れいちゃんがそう言うと、 お母さんはれいちゃんを見て頷いた。

「すいません、 もう一つ訊きたいんですけど。 祥子さんの死には、 直接関係無いんですけど、 5年前に、 トーチュウの女の子が、 1人行方不明になっているんですけど、 知ってますか?」

お母さんは、 少し目を泳がせるようにして考え込んだ。

「ああ、 あの子ね。 うちの医院にも何度か来ていたわ。 目のクリっとした可愛い子ね。 それでよく覚えてるの」

「名前は覚えていますか?」

私は言った。

「何て言ったかな……、 寺、 なんとかって、 寺崎由香里(てらさき ゆかり)さん、 そう、 寺崎由香里っていったわ。 当時でも騒ぎになっていたわね。 神隠しに遭ったとか言われて。 警察なんかも出てきて、 探したみたいだけど、 結局見つかっていないんでしょ?」

お母さんは思い出してくれた。

大きな進歩だった。

その後、 少しだけお話して、 私たちは白井家を後にした。

帰りは駅まで、 祥子さんのお母さんが送ってくれた。

「舌切り雀って、 やっぱり意味があったのね」

駅のホームで電車を待っている時に、 私はれいちゃんに言った。

「自殺の方法まで、 決めていたって事だよね。 祥子さんはきっと、 自分の日記を図書室の『舌切り雀』の横に挟んだんだよ」

「どうして? なんでそんな事したの?」

「誰かに見てもらうためだよ。 両親以外の」

「そうか。 生徒の間に広めたかったんだね」

「そうだと思う。 で、 その中にはきっと、 いじめの首謀者の名前と、 いじめに関わった生徒の名前が書いてあったのよ」

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