Sの日記(ホラー)第九章

そこに写っているものを見て、私は驚嘆した。

私の頭の後ろに、祥子さんがいたのだ。

その貌は、祥子さんの遺影の顔とは、似ても似つかなかった。

目が吊り上がり、口の周りを、真っ赤な血に染めた祥子さんだった。

まるで般若の面を思わせるような、恨みに満ちた貌だった。

それを見て、私は凝り固まり、失禁してしまった。

いつの間にか気絶したようだった。

「お前など、いつでも殺せる。次の満月の夜にあの本を借りろ。そしたらルカは帰してやる」

その声で、私は目を覚ました。

夢だったのか、それとも現実の声だったのかは、判断がつかない。

どちらでも同じことだ。

祥子さんの声である事に変わりはない。私はうまく立てるか不安だった。

上体を起こし、腕で体を支えて、何とか起き上がることができた。

片膝を立て、腰を持ち上げた。

ようやく立つことができた。足元に藁人形が落ちていた。

私はそれを拾って、カバンの中にしまった。

部屋のドアは、何の抵抗もなく開けることができた。

前回来た時は、ドアは開かず、閉じ込められたのだ。

その事に、私は何だか不吉な胸騒ぎを覚えた。

すんなりと建物から帰してくれた事を、どう解釈すればいいのだろう。

私は自転車を漕ぎながら、家路に急いだ。

土下座をして詫びた事で、祥子さんは赦してくれたのだろうか? そしてルカを帰してくれるとも言った。

1人で宮元医院に行った事と、心から詫びた事で、祥子さんは分かったくれたのだ。

嘘は言わないと思う。

だって、祥子さんは私を殺そうと思えば、あの場で殺す事はできたのだ。

家に帰ったら、パパに何て話そう。

できればママや美紗緒には聞かれたくない。

いや、話す必要などないのかも知れない。

その話をすれば、私とパパの関係がギクシャクしてきそうだ。

どうすればいいの? 教えて、れいちゃん。

私はどうすればいいの?

時間は夕方6時を回っていた。

私はれいちゃんに会いたくなった。

自転車のハンドルをれいちゃんの家の方角に向けた。

姿は見えなくても、れいちゃんは私を見てくれている。

私を守ってくれている。

自宅に電話を入れて、帰りが少し遅くなることを伝えた。

れいちゃんの家に着き、呼び鈴を鳴らす。

今はお母さんの1人暮らしとなったこの家は、物悲しさを漂わせていた。

れいちゃんのお母さんが、ドアを開けてくれた。

葬儀が終わって、まだ、間もないお母さんの顔からは、あの時の楽しそうな面影は消えうせていた。

「あら、美琴さん……」

力なくお母さんは言った。

「こんな時間にすみません。どうしてもれいちゃんに会いたくて。お焼香させてもらっていいですか?」

「どうぞ」

私の言葉に、お母さんは少しだけ笑顔を作ってくれた。

れいちゃんのお骨は、まだ仏壇の傍に置いてある。

「まだ、納骨する気になれなくてね」

飲み物をテーブルに置いて、お母さんは言った。

私は、両手を合わせながら、その言葉を背中で聞いた。

「今でも、まだ信じられないのよ。あの子がいなくなったなんて。今にも玄関を開けて、帰ってくるんじゃないかってね」

「れいちゃん……」

私はまた泣けてきた。

「あれから警察の人に、事故の状況をいろいろと聞かされてね。でも、そんな話は耳に入って来なかった。れいは帰ってこないもんね。運が悪かったのね、あの子」

「違うんです」

私は言った。

「え?」

「れいちゃんは私を守ってくれたんです」

そう言うと、お母さんは少しだけ表情を変えた。

「あの車は、私の方に突っ込んできたんです。

それをれいちゃんが身を呈して、私を守ってくれたんです。れいちゃんがいなかったら、死んでいたのは私の方でした」

「……そうだったの……」

初めて聞かされた事実だったのだろう。

お母さんは言葉を失っていた。

「れいのその気持ち、私、分かる気がするわ。れいは、あなたの事をすごく大事に思っていたのよ」

お母さんは遠くを見るような目で語った。

「あの子、あんな風だったから、お友達ができなかったでしょ。あなたが唯一、心を開ける友達だったのよ」

それを言われて、私は思い当たった。

れいちゃんは、クラスには馴染めず、目立たないタイプの子だった。

私自身も、こんな事がなければ、今でもれいちゃんとは友達になっていなかったと思う。

「それからのれいは、明るくなってね。この子にもやっとお友達ができたんだと思って、私も嬉しかった。

あなたとの出来事を、いろいろ話してくれたりしてね。今日はミコちゃんとこんな話をしたとか、今日はどこどこでこんな事をしたとか。

目をキラキラさせて話してくれたわ。映画を観に行く前の日も、それは楽しそうで、明日は何着て行こうかな、なんて、私に話しかけてくれたりして、やっと明るくなったと思ったのに……」

私は何も言えなかった。

余計に辛くなって、次から次へと涙があふれ出てきた。

「れいは、きっとあなたを失いたくなかったんだと思う。大事なお友達だったから」

「すいません。私……」

「いいのよ。あなたのせいじゃないわ。ただね、あの子は幸せだったと思う。人生の最後に、あなたのような素晴らしいお友達と仲良くできて、本当に幸せだったのよ。美琴さん、ありがとうね」

「そんな……」

私は、首を振った。

お母さん、そんな事言わないでください。

幸せだったのは私の方なのに……。

仲良くしてもらったのは私の方なのに……。

お礼を言わなきゃいけないのは私の方なのに……。

「美琴さん、れいの分まで幸せになってね」

お母さんはそう言ってくれた。

私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

れいちゃんは、私と一緒に行動したばっかりに、命を落としたのだ。

私と友達にならなければ、れいちゃんは死なずに済んだのだ。

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