Sの日記(ホラー)第五章3

なるほど。

そういうことか。

確かに壁に向かって、 釘を当てて、 かなづちでトントン打ち込む事はしない。

「て、 事は……どういう事?」

れいちゃんは、 また私の質問を無視した。

だからっ、 なんなのよ!

言ってよ。

私がそう思っていると、 れいちゃんは後ろを振り返った。

そこには押し入れらしき引き戸があった。

れいちゃんはそこに向かって、 ゆっくりと歩き出す。

私はもう、 足が動かなかった。

恐怖で腰が抜けそうだった。

れいちゃん、 なんでそんなに冷静なの?

れいちゃんは、 その押し入れらしい引き戸に手をかけた。

一気にあける。

ガラガラ!

なんという事はない。
普通の押入れがあるだけだ。
私はもう、 まともに見られなかった。
押入れの中を探るれいちゃん。
天井を見上げると、 私を呼んだ。
「ミコちゃん、 あれ見て」
「なに?」
私は恐る恐るそちらへ近づいた。
れいちゃんが指差した天井を見ると、 一番端の天井板が一枚だけずれている。
れいちゃんは押入れの台に飛び乗って、 ずれている天井板に手をかけた。
私は黙って見守った。
天井板を外すと、 天井裏が覗けた。
「ミコちゃん、 見て!」
「なに……?」
私は、そっと覗き込んだ。
すると、
「キャーーーーーーーー!」
それを見て、 悲鳴をあげた。
後ろに尻餅をついて、 腰が抜けた。
怖いもの見たさで、 もう一度そこを見る。
生まれて初めて見た。
そこにあるのは藁(わら)人形だった。
木の柱にしっかりと打ち付けてある。
暗い天井裏にひっそりとそれが見えた。
「ミコちゃん、 だいじょうぶ?」
れいちゃんが私を抱き上げてくれた。
「うん、 だいじょうぶ」
胸に手をあてて、 私は呼吸を整えた。
すると、 いきなりドアが閉まった。
バタン!
私はまた、 悲鳴をあげた。
次に耳を打ったのはガラスの割れる音だった。
バリバリ!
「キャー!」
私の悲鳴の後、 さっきれいちゃんが外した天井板が宙を飛んだ。
また、 どこかでガラスが割れた。
私は恐怖で失禁しそうだ。
「やばい! ポルターガイストだ」
れいちゃんがポツリと言った。
「ミコちゃん立てる? 逃げるよ」
れいちゃんは言って、 私の手を掴んだ。
私はとにかく、 逃げなきゃと思った。
でも、 腰が抜けて、 体が言うことをきかない。
寝室のドアが勝手に動いた。
バタン、 バタンと大きな音を立てている。
床に散乱したガラスの破片が飛んだ。
「痛っ!」
れいちゃんが叫んだ。
私が見ると、 れいちゃんの額から、 出血していた。
「れいちゃん! 大丈夫?」
「大丈夫よ。 さあ、 立って!」
れいちゃんは私の腕を肩にかけて、 立たせてくれた。
よろめきながら、 なんとか私は立つことが出来た。
「行くよ、 急いで!」
部屋のドアは閉じたままだ。
ノブを回しても開かない。
「れいちゃん、 どうしよ……」
ドアをドンドン叩いてみる。
無駄な抵抗だった。
私の心臓はバクバクだ。
「祥子さんを本気で怒らせたみたいだよ」
「ええ? マジ?」
まるで家の中が荒れ狂っているように、 物音は続いた。
ドンドン! バタンバタン! バリバリ!
その音が脳の芯まで、 響くようだった。
私の腕に巻いていた数珠が切れた。
丸い玉が四方八方にコロコロと転がっていく。
れいちゃんの額からの出血は思ったより酷く、 すでに血の筋は顎まで流れていた。
私はポケットから、 ハンカチを出して、 れいちゃんの額の血を拭き取った。
「ダメ、 血が止まらないよ」
涙声で私は叫んだ。
さらに物音は続いた。
私はその場にへたり込んで、 両手で耳を塞いだ。 もう一歩も動けない。
れいちゃんはそこに正座をして、 両手を合わせた。
数珠を両手に挟んで、 目を閉じて、 何かを唱え始めた。
よく聞いていると、 お経のようだった。
「れいちゃん……」
この子、 いったい何者?
れいちゃんは無心で、 お経を唱えている。
しばらくすると、 物音は少しずつ静かになってきた。
なおも、 唱えるれいちゃん。
数分で、 完全に音は止んだ。
れいちゃんは、 お経を止めて、 目を開けた。
「さあ、 今のうちに」
れいちゃんは私に両手を伸ばして立たせてくれた。
ドアは、 すっと開いた。
「完全に鎮まったわけじゃないよ」
よろめく私を、 しっかりと抱いて、 歩き出した。
私は情けないが、 腰が抜けて、 脚に力が入らなかった。
それでも何とか一歩、 一歩、 歩を進めた。
怪我人のように、 片脚を引きずりながら、 私は歩くことができた。
やっとの思いで、 階段を下りて、 玄関に到達できた。 その間の時間が本当に長く感じた。
ドアを開けて、 外に出ると、 二人で肩を抱き合って、 よろめきながら駐車場で倒れこんだ。
その光景は、 まるで燃え盛る要塞から、 命辛々、 脱出したヒーローのようだった。
アクション映画そのものだ。
2人で、 そこに倒れこんで呼吸を整えた。
「れいちゃん、 凄いね。 あんなのどこで覚えたの?」
「おばあちゃんに教わったの。 般若心経っていうの」
息絶え絶えの2人の会話だった。
私は、 とにかくれいちゃんに助けられた。
れいちゃんがいなかったら、 きっと私の命はなかっただろう。