Sの日記(ホラー)第八章

ルカがいなくなって、そろそろ3週間になる。

このまま、何の手がかりもなく、ルカを諦める事になるのだろうか?

宮元祥子さんの事を調べれば、ルカを助け出す方法が分かるんじゃないかと思っていたが、今のところ何も無い。

ルカの両親の心労は募るばかりで、警察が出て全力で市民に情報を呼びかけているが、そちらの方も進展はない。

そのうち捜査は縮小されて、次第にルカの事をみんな忘れていく。

5年前に消えた寺崎由香里さんの時も、そうだったのだろう。

その時は『Sの日記』の話は、誰も知らなかったに違いない。

でも、今は、少なくとも私とれいちゃんは知っている。この事を知っているのは2人だけだ。こんな話を警察にしても、取り合ってもらえないだろうし、仮に信じてくれたとしても、ルカと寺崎さんを助ける方法が見えてこなければ意味がないのだ。

結局のところ、私とれいちゃんで何とかするしかない、という事になる。

「れいちゃん、祥子さんて、今、どこにいると思う?」

「たぶん、宮元医院だと思う。この間、いたみたいだから」

2人で、宮元医院を訪れた時の事だ。

あの時は恐ろしい目に遭った。

あれはまさに祥子さんが、そこにいる事を物語っているのだ。

あの時は、何も解らずに祥子さんの元へ、土足で踏み込んだ気がする。

だから怒ったのではないだろうか?

もう一度、れいちゃんと宮元医院へ行って、祥子さんとお話する事はできないだろうか。

れいちゃんと行けば、何とかなるような気がする。

それをれいちゃんに言ったら、れいちゃんは何て言うだろうか。

そんな事を考えているとき、不意にれいちゃんが映画に行こうと言い出した。

「今、観たいのがあるんだ」

「あの話題のやつでしょ。いいよ、私も観たいと思ってたんだ」

最近、やたらとテレビで宣伝しているやつだ。

今、乗りに乗っている人気俳優が出るアクション映画だ。これで次の日曜日の予定は決まりだ。

考えてみれば、れいちゃんと仲良くなってから、こんな風にして、街へ出て、女の子らしい付き合いをしたのは初めてかも知れない。

当日の映画館の前には、行列が出来ていた。

それもそのはず、封切り日の翌日だからだ。

そしてこの日は、出演俳優陣が舞台挨拶に来るというので、かなりの賑わいようだった。

私たちはもみくちゃになりながら席を探した。何とか二人並んで座席を確保することができた。

そして、出演者が姿を見せると、黄色い歓声があちらこちらから上がった。

耳を塞ぎたくなるような歓声だ。

「すごいね、れいちゃ…… え?」

隣を見ると、れいちゃんも立ち上がって、周りに溶け込むようにして、大声を上げていた。

初めて見るれいちゃんの乱れっぷりに、私はドン引きだ。

あっけにとられてしまった。

よっぽどあの俳優が好きなんだ。

れいちゃんにもこんな一面があるんだ。

自分の部屋で、お経をあげるれいちゃんと、こっちのれいちゃんと、どっちが本当のれいちゃんなの?

でもいいよ。

れいちゃんはもっと自分を出した方がいい。

クラスの中でも、もっとお友達ができるようになるからね。

お母さんも心配してたもんね。

母親の心情を、きっとれいちゃんは分かっていたのかも知れない。

映画は、すごくおもしろくて、とてもスピーディーなアクションだった。

次から次へと息をもつかせぬアクションに、私たちは圧倒された。

笑いあり、涙ありのストーリーで、最後の最後は、主人公とヒロインが結ばれるという感動的な話だった。

「ああ、おもしろかったね」

私は、映画館を出ると、れいちゃんに話しかけた。

「うん、すごくよかった! 感動した」

れいちゃんは興奮冷めやらぬといった感じだ。

しばらくの間は、夢うつつだな、こりゃ。

「これからどうする?」

「甘い物でも食べていこ。ママからお小遣い多めにもらったから。ミコちゃんと美味しいものでも食べてきなさいって」

「ホントに!」

やった! では、お言葉に甘えて。

こんなとき遠慮しない所が、私の良い所だよな。

私たちは、歩道を歩いて、大通りの交差点に出た。

赤信号を待っていると、通りの向こうから、一台の車が猛スピードで走ってくるのが見えた。

危ないな、と私は思った。

そう思った次の瞬間、その車は、右折しようと道路に進入してきた車と衝突した。

ガッシャーン!

車は歩道で信号待ちしている私たちの方に突っ込んできた。

スピンしながら飛んでくる。

「ミコちゃん、危ない!」

きゃ! 私は一瞬呻いた。

尻餅をついて、私は悲鳴をあげた。

気がつくと、周りで大勢の人たちが倒れている。あちこちで呻き声が聞こえた。

「え? れいちゃん? どこ?」

私はれいちゃんを探した。

「おい、救急車!」

誰かがそう叫んだ。

れいちゃんは? どこなの?

大丈夫か! 動かすな! そんな声が聞こえてくる。

私は傍にいた人に手を借りて、立ち上がることができた。

肘をすりむいていた。

何人かの人だかりが出来ていた。

その真ん中で倒れているのは、

れいちゃんだった。

「れいちゃん! れいちゃん!」

私は目を疑った。

れいちゃんは全身傷だらけで、頭からも出血していた。メガネが弾け飛んで、レンズが割れていた。

私はそれを拾った。

私はれいちゃんの名前を呼び続けた。数分後に救急車が到着した。

救急隊員がれいちゃんをストレッチャに乗せて、運び込んだ。

私も一緒に乗り、すぐに走り出した。

れいちゃんの手を握って、私は名前を呼び続けた。

何も考えられなかった。

目の前の状況が、現実の物かどうかも分からなかった。れいちゃんの口が動いていた。

何かを伝えようとしている。

「え? なに?」

私は、れいちゃんの口に耳を近づけた。

「ミコ……ちゃん、気を……つけて……」

そこまで言って、れいちゃんは意識を失った。

「れいちゃん! れいちゃん! やだ、死んじゃやだ!」

私は涙声で叫んでいた。

病院に着くと、すぐに集中治療室へ運ばれた。

私はとにかく、れいちゃんのお母さんに連絡を取った。

お母さんは電話の向こうで青ざめているようだった。

私は、集中治療室の前に座って待つしかなかった。

事故の光景が私の脳裏に浮かび上がってきた。

猛スピードで交差点に突っ込んだ車と、右折した車が出会いがしらにぶつかった。

勢い余った車は、私たちがいる歩道に飛ぶようにして、突っ込んできたのだった。

れいちゃんは自分の体を犠牲にして、私を突き飛ばしてくれた。

れいちゃんは私の身代わりで……。

次ページ